地域紹介 (わたしたちの西成区 コミュニティマップより)

天下茶屋跡

1.天下茶屋跡

今から400年余り前、太閤秀吉が住吉大社参拝や堺への往来の際、ここの茶屋で休息、茶の湯を楽しみ付近の風景を賞したことからこの茶店を天下茶屋と呼ぶようになった。その由来を示す建物(芽木家)は戦災で焼失し、現在は天下茶屋跡として、くすのきの大樹と土蔵、石像だけが残っている。昭和62年に現在のものに修復された。この土蔵は屋敷の北西隅に位置し、恵方に向かって建てられ、太閤さんを祀った祠で、くすのきと共に往時をしのぶものである。

渡し船

2.渡し船

現在でも、当区と大正区との境を落合上渡、落合下渡、千本松渡の3ヵ所の渡船場があり、1時間に4回、朝夕の通勤時には随時運行され、無料である。千本松渡は千本松大橋ができてからは廃止する予定であったが渡橋に時間がかかるため今も運航している。橋と渡船の共存は珍しい。

是斎屋跡

3.天下茶屋公園・是斎屋跡

現在の天下茶屋公園が是斎屋の跡であり、公園東口の横に石碑が立っている。薬屋是斎屋は寛永年間(1624 - 44)近江の国の津田宗右衛門が住吉街道に面した当地へ来て「和中散」という薬を商ったのが起こりで、街道の旅人達で大いに繁盛したという。また茶屋としても有名であった。

明治天皇駐蹕遺址碑

4.天下茶屋公園・明治天皇駐蹕遺址碑

大正8年建立、藤沢南岳が裏面に見事な漢文で由来を誌している。明治元年4月20日、同10年2月14日、明治天皇が駐蹕臨幸した地である。館主は仮殿を造り奉迎したが、50年の星霜が経ち、主人高津久右衛門は荒廃した仮殿を撤去し、この碑を建てることにした。不朽の美挙である。